PROJECT 02 メインカット
PROJECT 01

料理に香りとしびれを加える
新しい油が新しい市場を拓いた

花椒油の開発
「辛さとしびれ」が醍醐味の四川料理では、
唐辛子と花椒(中国山椒)の二つを使いこなせなければ本格的な味付けにはならない。
ところが、馴染みのある唐辛子に比べると、花椒は扱いが難しいスパイスだ。
粒のままでは香りが立たないし、といって粉末にすると、すぐに香りが飛んでしまう。
そんな花椒を、もっと身近にできる商品はできないのか? そんな発想から、新たな開発が始まった。

川原 雅典

MASANORI KAWAHARA

フードデザインセンター
カスタマーリンケージグループ

2008年入社
生物圏科学研究科修了

人物写真

柳野 裕美

HIROMI YANAGINO

油脂事業部
業務用グループ

2017年入社
農学部応用生物科学科卒業

人物写真

その日、都内のある中華料理店に会社員らしい数人の男女が集まっていた。彼らは麻婆豆腐を頼み、真剣な顔で味をたしかめる。そして、ひとしきり感想を言い合うと、それぞれがノートを開き、熱心にメモを書き始めた。そしてすぐに席を立ち、出て行く。しかし人気の店だけに周囲の客は料理に夢中であり、彼らの不思議な様子に気づくことはなかった。

「あのころは、毎日のように麻婆豆腐の有名店を回り、味をたしかめていました。そうやって、どんな辛さやしびれが好まれるのか、調べていったのです。おかげで、しばらくは麻婆豆腐を見るのも嫌になりましたね」

そう言って笑うのは、研究所で商品開発を手掛けてきた川原雅典だ。2016年からスタートした花椒油の製品化プロジェクトにおいては、コンセプトの立案から製造方法の確立まで中心的な役割を果たした。

川原と共にコンセプトの立案を担当し、「食べ歩き」に参加していたのが油脂事業部の柳野裕美だ。他の食品メーカーでも勤務経験のある彼女は、食材の市場に精通したビジネスのプロとして開発チームの一員になっている。主にマーケットやユーザーの調査を担当し、その結果を製品づくりに反映していくのが役目だ。さらにパッケージや販促物の制作、発売後のフォローなどを通して、製品の完成度を高めていく。

「花椒油をもっとも使うのは麻婆豆腐だと考えられたので様々なお店を回りましたが、ただ食べるだけでなく、味をちゃんと記憶し、記録していくのは大変な作業でした。しかし、有効なデータが集まらなければ価値のある製品は生まれませんから、改めてものづくりの難しさを知ったのです」

対談風景

高付加価値製品を出すことで
食用油脂のビジネスを変えていく

なぜ、花椒油の開発が始まったのか? そこには綿密な計画があった。

「辛みのブームは何度も起き、唐辛子を多用した料理は特別なものではなくなりました。しかしその一方で、四川料理の特長のひとつでもある『しびれ』を好む人も増えてきたのです」(柳野)

その動向ははっきり数字に表れている。ある調査機関が行ったアンケートでは、好きな辛い料理のトップが麻婆豆腐であり、担々麺や麻婆茄子も上位に入るなど、麻辣味の人気は確実に高まっているのである。

「料理レシピを紹介する『クックパッド』でも、検索ワードとして花椒が急上昇しており、日本人の嗜好は確実に変わりつつあるのです」(柳野)

ところが、花椒を使いこなすのは、家庭ではもちろん、飲食店でも簡単とは言えない。

「花椒は粉末にして料理に加えることが多いのですが、香りとしびれを調整しにくく適度な風味を楽しめません。また挽いたものは香りの成分が飛びやすいという問題もありました」(川原)

そこで、香りやしびれの素となる成分が油溶性であることに注目し、油に溶かし込むことで粉末よりも香り高く、少量で強いしびれを感じさせる製品になると考えたのだが、製造技術を確立するまでには紆余曲折があった。

「新製品として売り出す以上、既存の類似製品より香りやしびれが強いものにしなければなりませんが、そのためにはどんな条件で成分を抽出すればいいか、最適な条件をみつけるのが難しかったのです」(川原)

実験室レベルで成功しても、生産用の実機でテストするとうまくいかない。このため、川原は製造を委託する油脂メーカーに通い詰め、技術者たちと議論を繰り返しながら、解決策を探っていった。そこに、第二の問題が起きる。

「原料の花椒は中国から輸入してくるのですが、産地や品種によって風味が大きく変わることがわかったのです。これでは、製造方法が完成しても製品の品質が安定しません。思わず頭を抱えてしまいました」(川原)

麻婆豆腐を食べ続けたことにより、どんな花椒油をつくればいいかというゴールは見えていた。しかし。原料にバラツキがあれば、そもそもスタート地点が違ってしまい、走って行ってもゴールにたどり着けない。

「あとは地道な努力しかありません。商社にも協力してもらい、原料の品質をできるだけ揃えたのに加え、多少の違いがあっても同じ品質の花椒がつくれるように、製造方法を考えていったのです」

対談風景

新しいコンセプトの商品が
新しい需要を生み出していく

製品としての花椒油は徐々に完成に近づきつつあるものの、これを商品として販売するまでには、まだまだ多くの課題があった。そのひとつがパッケージの選定だ。

「家庭用であれば店の棚にも並べやすい小瓶がいいのでしょうが、業務用となると簡単にはいきません。『どのような店でどうやって使うか?』というシミュレーションをしっかりしなければ、容量を決められないからです」(柳野)

しかし、新しいコンセプトの製品だけに、この点を完全には詰め切ることはできず、販売開始以降も試行錯誤が続いた。

「当初は中華料理店をターゲットとしていたため、1kgの大きいパッケージだけで販売しました。ところが、その後の調査で、他にも需要があるとわかったのです」

たとえば、和食が中心の店でもランチに麻婆豆腐の定食を出すことがあり、加えるだけで本格的な味に近づく花椒油は便利な調味料だった。さらに、パスタのような中華以外のメニューに足して風味を工夫するようなケースがあるなど、予想外の需要の広がりが判明する。

「このため、中華料理店以外でも使い切れるように小さなパッケージの商品を出すことになったのですが、営業にリサーチしても返ってくる答がバラバラで、なかなか答がみつからなかったのです」(柳野)

しかし、それをまとめるのが彼女の仕事だったので、最後は容量ごとの生産コストを試算し、需要とのバランスを考えながら、300gに決めた。

「幸い、この量がベストだったのか、販売を始めてから幅広い飲食店で使われるようになりました。お客様からの評判もよく、今後、新たな高付加価値製品を開発していく弾みになったと思います」(柳野)

そんな動きを、川原も大いに歓迎している。
「花椒油のような調味油は、油を揚げや炒めの熱媒体として使うだけでなく、素材の風味や香りを溶かし込んだ油で料理の味を調えるという新たな機能をもっています。だからこそ、想定もしなかった新しい市場を生み出してくれたことはうれしく、開発者冥利に尽きるとは、まさにこのことですね」

※ある調査機関が行ったアンケートはここを参考にしました。
https://www.hotpepper.jp/ggs/trend/article/trend/20180801
対談風景