境野 眞善
MASAYOSHI SAKAINO
技術戦略センター
イノベーション開発部
2009年入社
工芸科学研究科応用生物学専攻修了
荒井 尚志
HISASHI ARAI
フードデザインセンター
あぶら・フライ領域グループ
2011年入社
農学院共生基盤学専攻修了
鈴木 健
TAKESHI SUZUKI
油脂加工品事業本部 マーガリン事業部
静岡第二工場 油脂加工課
1994年入社
農学部農芸化学科卒業
伊藤 賢也
KENYA ITO
油脂事業部
業務用グループ
1999年入社
農学部農業経済学科卒業
業務用油脂のビジネスにおいて、価格競争からの脱却は永遠のテーマである。
油脂メーカーにとっては主力商品であるフライ油と呼ばれる揚げ物に用いられる油は、飲食店や総菜店、食品工場などで大量に使われます。この為、「製品ごとの違いを打ち出していかないと、市場で価格勝負になってしまい、戦略的な営業につながらないのです」
こう語るのは、油脂事業部で業務用製品の事業運営に携わってきた伊藤賢也だ。
競合他社との差別化という点において「長調得徳®」の成功は大きな事件だった。
「J-オイルミルズの技術が生み出したまったく新しいフライ油であり、お客様にもメリットを感じてもらえる商品だったことから、『この製品に替えればこれだけの経営メリットがあります』と提案営業ができるようになったのです」(伊藤)
しかし、そんな画期的な製品も、発売から10年経ったころには競合品のレベルも上がってくる。 「もっと性能を向上させ、さらに長持ちするようにできれば新たな需要を喚起できるはずだと考えたのです」(伊藤)
そして相談したのが、事業部門と研究部門のコーディネート役を務める荒井尚志だ。
「私の仕事のひとつは、研究部門で生まれた種(シード)を新しい製品に育てあげることでした。このため、事業部門と一緒に動くことは多く、伊藤さんとは前からそんな話をしていたのです」
ついに動き出したプロジェクト、そのとき荒井の頭には、ひとりの男の顔が浮かんでいた。
荒井が思い描いた人物、技術戦略センターの境野眞善は黙々と実験を繰り返していた。彼の仕事は油脂に関する基礎研究だ。
「私が入社したのは『長調得徳®』が発売されて3年目でした。その後も、さらなる長寿命化を目指して研究が続いていたのですが、大きな成果が得られなかったため、研究部門の中でもマンネリ感や諦めムードが漂い始めていました。」(境野)
実直な彼は、毎日、フライヤーで大量の唐揚げをつくり、油の劣化状況を調べていた。地味な作業だが、ブレークスルーとなる発想は地道に集めたデータからしか生まれないと信じていたからである。
「それでも、なかなか光は見えず、どの方向に進めばいいか、悩み始めていました」(境野)
そんなとき、荒井から「新しい『長調得徳®』を商品化したい」という話が来る。道は険しいとはいえ、研究の結果を世に出せるチャンスだ。境野はさっそく、開発のための作業に入った。
「このとき設定されたゴールは、一般的なフライ油より30%長持ちする製品でした。簡単ではないことはわかっていましたが、具体的な数字を示されたことで、そこに向かって一歩ずつ進んでいくしかないと思ったのです」(境野)
「長調得徳®」が長持ちする秘密は、J-オイルミルズ独自のTEE UP製法にあった。
「実は油の原料となる種子の中には劣化を抑える働きをする成分があるのです。しかし、従来の精製方法では、それらは不純物としてきれいに取り除かれていました。したがって、それらを選択的に残すことで、さまざまな劣化が抑えられるのです」(荒井)
口で言うのは簡単だが、どんな成分をどのくらい残せば効果があるかわからない。なぜなら、油が劣化するとは「着色」「粘度の上昇」「臭いの発生」「酸価の上昇」といった多くの変化の複合現象であり、ひとつを抑えたからといって長持ちにはつながらないからだ。境野が集めてきた膨大なデータは武器になるものの、最後は総当たり的に試していくしかなかった。
「大変だったのは、実験室レベルでいい結果が出ても、実機で生産すると、まったく特性が変わってしまうことでした。このため、最後は荒井さんと共に工場に入り浸り、ああでもない、こうでもないと議論しながら製造方法を詰めていきましたね」(境野)
このとき、強い味方になったのが鈴木健だった。これまで多くの工場で生産性向上などの改善に携わってきた製造マンだ。
「従来の油では原料の残留成分は少ないほうがいいのに対し、今回は上限と下限が指定され、その範囲で残すという製法でしたから、かなり戸惑いはありました。また、私は生産を可能にするだけでなく、効率を高めていくことに責任があるので、荒井さんや境野さんとは別の視点で技術開発を進めたのです」(鈴木)
技術者たちの奮闘が続くなか、事業部の伊藤は大きな決断をする。
「強引に発売日を決めてしまいました。開発の大変さはよくわかっているものの、事業化に向けて多くの人が動くのですから、いつまでも続けているわけにはいきません。荒井からは『無理だ』と言われましたが、私は彼らを信じていたので、必ず成功すると確信していました」(伊藤)
そんな思いが通じたのか開発は間に合い、2018年春、ついに新しい「長調得徳®」が市場に出ていく。反響は予想以上によく、最初に商品企画をした伊藤自身が驚くほどだった。
「今までより長持ちするだけでなく、匂いの発生を抑えたことで、『揚げ物の仕事を嫌がる人が減った』という褒め言葉をもらいました。人手不足に悩む外食産業にとっては朗報であり、私たちもこの点を強調して戦略的な営業を展開していくつもりです」(伊藤)
そんな市場の動向を気にしながらも、境野は今日も自分の仕事を続ける。
「最近では大学の先生でも食用油の劣化について研究をしているケースは少なく、このため『長調得徳®』の開発では文献に頼ることができなかったのです。逆に考えれば、私たちは希有な存在であり、世界のトップを走っているとも言えます。そう考えると、明日からも、また元気にフライヤーの前に立てそうです」(境野)